「世界遺産 富岡製糸場 近代絹産業を支えた日本初の工場跡地」

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せっかく群馬に行きましたし、気になっていた富岡製糸場へ立ち寄りましたー。

ねぇ、世界遺産と言っても色々あるじゃないですかー。
建物そのものに価値があるものや、
歴史的価値がある場所、
全国に散らばっているもの、
自然もあるし人工物もある。
大きくは自然遺産と文化遺産に分かれます。
数も増えてきたし。
さらに、
日本遺産とかジオパークとか、
色んな称号が付けられた場所が日本中にあります。

何が言いたいかというと、
世界遺産になったからもうその地域の観光やスポットは安泰!
という時代ではなくなってきているということです。
特に産業遺産を抱える地域はたいへんです。

産業遺産を訪れる時の心構え。
「見てわかる」のではなく、「感じないとわからない」。

イメージがとっても必要なんです!
この富岡製糸場もそのひとつなんじゃないかと思います。
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市営の駐車場に車を停めていざ行かん。
ちょっと離れたところだと、無料駐車場と書かれた看板を良く見たけれど、
市営駐車場も最初の30分は無料、後は有料でした。
住宅街を抜けて向かいます。
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ドラえもーん!
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歩いていたらあちこちで入場券を販売してます。
ちょっと前の大ブームで、もしかしたら入口の受付は大行列だったのかも。
夕方近いこともあって全く混んでないしと余裕かましてましたが…。

ここでチケット購入したらシュウマイ食べられますよーって
シュウマイにまんまと釣られる私たち…。
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富岡製糸所にもうあとちょっとという立地です。
ひとり2このシュウマイって…、大きくてこれもう十分です!
いいサービス。
つい買ってしまいそうになる。
アツアツだし、ふわふわ。お茶までごちそうになる。
おいしかったー。
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しゅうまい屋さんは入口のすぐ近く。
数分で到着し、チケット見せていよいよ入場。
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梅がキレイに咲いてました。
但しあちこちを修復中でした。
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明治5年に建てられたという官営の工場。
日本の国策として絹産業を盛り上げようとしていた時代だったんですねー。
明治5年あたりというと外国人が横浜あたりに溢れていて藩が県になって、
もう混とんとしていた、けれど希望に溢れていた時代でしょうね~。
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まだまだお侍さんが闊歩していた時代でしょう。
士族の娘さんたちが絹を織る工場の指導者になるために全国から研修にやってくる場所、
それがこの富岡製糸場。
3,500人もいたらしいよ。
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レンガのシャレたこの建物は、フランス式で作られています。
レンガもフランス積み(長いと短いを重ねる)だった。
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写真は「東置繭所」(国宝)。
ここにはおかいこさんの繭を保管しておくところでした。
おかいこさんは繭を年一しか作らないけれど、一年中絹を織るためにここに保管していたらしいです。
乾燥させるのは繭の中のおかいこさんを孵化させないため。
絹というのは生物の命を奪って作っているものなんです…。
そのため沢山の窓があります。
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この窓を開けて中を乾燥させます。
群馬のからっ風は適していたのでしょうか。
木造で、白い部分は柱です。
これ、2階建て(見た目的には4階建てくらいの高さ=14.8m)になっているのですがなんと「通し柱」!
贅沢な造りです。
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レンガも県内で焼いていたらしいです。
たっくさんのレンガ。。。
焼きむらがある感じが人間的で愛おしい。
初めてだっただろうに、職人さんたち一生懸命焼いたんでしょうねえ。
「検査人館」(重文)に使われているレンガは比較的むらのないものが使われている。
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ここね、
日本的な雰囲気もあって和洋折衷、いいですよね!
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フランス人がここに住んでいたらしいけど、中は公開されていません。
当時、皇族・貴族が使った貴賓室があるらしく、一度見てみたい!いつか公開されないかしら…。
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「繰糸所」(国宝)。
一番の見どころともいえる、作業場です。
長さ140メートルもあるんだよー
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ながーい建物なのに中に柱が一本もないのは、
斜めに支えるトラス構造によって実現しているとのこと。

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世界的にもこの大きさは最大級でした。
繭を煮るひとりひとつの釜が300ほどもあり、狭く隣とぶつかるくらいの狭い中で
工女さんたちが必死に糸を手繰っていたようです。
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織機はニッサン製。
指導者になるための研修機関なので、やはり全てをマスターする時間は個人差があった様子。
指導は厳しかったのかもしれない。
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「女工館」(重文)。
工女たちに技術を教えた先生の住居。
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コロニアル様式。
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首長館(重文)。
指導者であったブリュナが住んでいたので、ブリュナ館と呼ばれています。
偉い人が大きな家に住むというのはヨーロッパ式だなー。
地下室があってワインセラーになってたらしいですよ。
工女たちは一体どこに住んでいたんだろ?
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「西置繭所」(国宝)。
現在立て直し中でした。
大屋根の修復を見学できました(撮影禁止)。
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屋根はこけら葺きしてから瓦を乗せるそう。
やっぱり竹くぎを使うらしく、宮大工みたいな技術を使っているようです。
高いところから敷地全体も眺められます。
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そうそう、
診療所があったりする、いわゆる福利厚生っぽいこともこの中で完結していたみたい!
こういうのもおそらく日本初。
そんなところが世界遺産に認定された決め手なのかも。
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ここに製糸場が作られた理由は大きく3つ。
この場所は天領で大きな敷地があった
養蚕している農家が多かった
高崎で石炭が取れた。

そう、動力には石炭を使っていたのです。
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あとは水。
糸を取り出すのに必要な水です。
鉄水槽にたっぷり水が貯められていました。
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ここで育って行った工女たちが全国に絹生産を広め、それにより桑産業、養蚕、織物など
様々な産業が左官になったんですね。
日本の近代の繁栄に大きく寄与した工場だったということです。
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ブリュナエンジンは復元されました。
こんな技術を日本に持ち込むってすごいことだなぁ
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最後に繭倉庫の2階を見学。
ここが一番かっこよかったかもしれない!
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広い…。
ものすごい量の繭を扱っていたんだ。
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見応えがあって、行って良かったなー
もう一度くらい行ったら、もっといろいろ発見あるかも。


久しぶりの群馬ツアーでした。
日帰りでも十分楽しめる。
食べられなかったものもいっぱいあって、なんかいい感じのツアー、誰か作ってくれないものだろうか。
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帰りには高速のパーキングエリア、
埼玉の寄居PAにたちより。
うわばみ焼きを食べました。
これが想像以上においしかった(笑)
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わかります?
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最後まで食べ続けだったなー。


おわり。



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by 55aiai | 2018-03-13 07:00 |   ●群馬県 | Comments(0)

ライター・西村愛のブログ


by 55aiai(西村 愛)
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